副書廊白

□胡蝶の幸せ
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美濃組(b濃姫とm半兵衛とm光秀)


「姫様、寂しくはないですか?」

そう声をかけたことに一番驚いたのは半兵衛自身だったのかもしれない。
魂を同じくする存在、同じ名を持ち同じ立場として生まれた分身であっても、自分の記憶の中の彼女とは性格から外見から得物からなにもかも違う、それはもう自分が想いを寄せた姫君とは別人なのだと、半兵衛はそう認識しているはずだった。
それでも、濃姫を目にしたとき、口から自然とこぼれたのはやはり彼女を案ずる言葉だった。

「織田に嫁いで、実家である斎藤家を潰す手伝いをさせられたのはこっちの姫様も同じでしょ。苦労されてるんじゃないですか。」

こう続けると、濃姫の隣にいた光秀も濃姫に目を向け言葉をかけた。

「…失礼ながらこちらの信長様は貴女を家臣のように扱ってらっしゃる。」

「それなんだよね。うちの姫以上に貴女は優しすぎる女性(ひと)だ。今でも割り切れていない。それなのに、うちの公非情極まりない男の妻として戦場に立たされてる。」

彼らの姫は今でこそ気位が高く冷酷な女のように振るまっているが、生来の気性としては心根の優しい女性である。
この濃姫はそれをさらに上回る。
それを信長は、光秀の言葉通り、いや、家臣どころかまるで家来のように濃姫を戦場に駆り出しているのである。
それは部外者である彼らだけでなく、織田の兵たちですらそう見えていたことだった。
この心優しい女性が無理やり戦場に連れ出されているのならばあまりにも酷な話だ。

案じる二人に、濃姫はふっと微笑んで口を開いた。

「どちらが、とかはきっとないと思うわ。私ももう一人の帰蝶も、同じように戦が怖くて、同じように血の匂いが苦手で、それでも同じように愛する人のために戦場に立つの。」

実に幸せそうな顔で濃姫はそう語った。

「戦に出るのは、貴女の意志だというのですか?」

先程よりさらに驚いた声で信じられないというように光秀が尋ねた。

「上総之助様はいつも私に邪魔だと、城に残れと仰るわ。それでも、私が我侭を言って戦に着いていくの。そうするとね、他人には分からないくらいの不器用な気遣いだけれど、私を守ろうとしてくれるの。上総之助様は、本当は優しい人なのよ。」

濃姫の話を聞いて二人はさらに驚いた。
己らが知る魔王よりさらに禍々しく、人にあらざるものであるようなあの男が、やさしい?

だがそう言われて思い返せば、出しゃばるなと言って前線に出過ぎぬよう諌めたり、役立たずと罵りながら泥沼の乱戦から撤退させようとしたり、ということがあった。
それだけではないのかもしれない。
濃姫が最初に配置される場所も可能な限り危険の無い場所が選ばれているし、彼女の得物はより殺傷能力が高くそしてより敵と距離を取れる銃が選ばれている。
これらも全て彼女の夫の根回しなのだとしたら、彼の人は自分たちが思っているよりも遥かに人間らしい男だ。

「二人とも、心配してくれてありがとう。でも私はとても幸せよ。実家はなくなってしまったけれど、半兵衛と光秀がいれば、私にとってはそこが十分故郷だわ。」

いつかの遠い昔の記憶が蘇る。
それはお互い違うものであるはずだが、浮かぶ笑顔は同様に穏やかなものであった。

【胡蝶の幸せ】



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